8月上旬(14日時点)の米国株市場は、比較的落ち着いた状況となっています。
4~6月期の企業決算がおおむね一巡し、7月のCPIやPPIもインフレ再加速への警戒をやや和らげる内容となりました。こうした中、VIX指数は年初来の低水準まで低下しています。8月14日の米国株市場では、夏休みシーズンということもあり、出来高も年初来で最も少ない水準となりました。しかし、低ボラティリティは、必ずしも「リスクがなくなった」ことを意味しません。
7月の小売売上高は前月比0.6%減少し、ミシガン大学の消費者マインド指数も市場予想を下回りました。景気指標が弱くなったことで、目先のFRBによる追加利上げ観測は後退しています。
一方で、10年国債利回りは4.7%近辺、30年国債利回りは5%を大きく上回る水準にあります。
つまり現在は、「短期的な追加利上げへの警戒は後退しているのに、長期金利はなかなか下がらない」という状況です。財政赤字や国債供給、インフレへの警戒に加え、AI関連企業による巨額の資金調達なども、長期金利を高止まりさせる要因として意識されています。
地政学リスクや政策リスクも消えたわけではありません。
市場参加者が低いボラティリティに慣れている局面ほど、予想外の材料が出た際には、VIXが急上昇する可能性も意識しておく必要があるでしょう。
4~6月期決算では、AI関連企業から引き続き強い需要が確認されました。
AIデータセンター、サーバー、光通信、半導体製造装置など、多くの企業が受注や設備投資需要の強さを示しています。一方で、決算が良ければ株価が上がる、という単純な相場でもありません。
例えば、半導体製造装置大手のアプライド・マテリアルズ(AMAT)は、市場予想を上回る決算と業績見通しを発表したにもかかわらず、翌日の株価は5%を超えて下落しました。企業業績が悪かったわけではありません。
むしろ、「良い決算になることまで、すでに株価に織り込まれていた」と考えた方が分かりやすいでしょう。
現在のAI関連株では、「業績が伸びるか」だけではなく、「市場がどこまでの成長を先に期待しているのか」を見ることが非常に重要です。
次の大きな材料は、8月26日に予定されているエヌビディア(NVDA)の決算発表です。
Blackwell需要や次世代Rubin、AIデータセンターへの設備投資が引き続き強いのかが注目されます。ただし、一回の決算で「AIデータセンター投資は過剰なのか」という議論に答えが出るわけではありません。現在投入されている巨額の資本が、本当に適正な投資だったのか。
その答えが分かるのは、おそらく数年先でしょう。
だからこそAI投資が過剰かどうかの答えを待つよりも、その巨額投資が次にどこへ需要を生み出しているのかを見る方が、投資家にとっては実践的です。
その一つがメモリーです。
マイクロン・テクノロジー(MU)をはじめとするメモリーメーカーは、AI向けを中心に非常に強い需要を確認しています。HBMだけではなく、DRAMやNANDにも需要が広がっています。前回のコラムでも、HBMの供給不足について取り上げました。
しかし、中長期的に考えると、「HBMが不足しているから、ひたすらHBMを増やし続ければよい」というほど単純ではありません。AIシステムでは、HBM、汎用DRAM、NAND、SSD、などを、必要な処理速度、容量、消費電力、コストに応じて組み合わせています。
今後はAIの性能向上と同時に、「どのデータを、どのメモリーに置くのが最も効率的なのか」という、メモリー階層全体の最適化が進んでいくと考えられます。
この点で興味深いのがサンディスク(SNDK)です。
同社は投資家向け説明会で、HBF(High Bandwidth Flash)の設計完了を明らかにしました。資料では2027年のサンプル出荷、2028年の量産開始の可能性が示されており、会社側は、HBM並みの帯域幅をより低いコストで実現することを目指しています。
つまり、現在の強い供給制約そのものが、新しい技術や代替手段の開発を促しているわけです。
AIの利用量が増えれば、メモリー需要そのものは拡大していく可能性が高いでしょう。
しかし、AIの計算量が2倍になれば、HBMの使用量も必ず2倍になるとは限りません。
メモリー関連株を見る際には、「需要が強いか」だけでなく、需要がどのように効率化され、どの技術へ振り分けられていくかも見ていく必要があります。
AI普及による次の波及先として、もう一つ注目しているのが量子コンピューティングです。
4~6月期決算では、イオンキュー(IONQ)、D-Wave・クオンタム(QBTS)、リゲッティ・コンピューティング(RGTI)という量子専業3社についても、それぞれ事業の進展が確認されました。
3社は同じ「量子関連株」として括られがちですが、実際にはかなり性格が異なります。
IONQは量子計算機だけではなく、ネットワーク、製造、光通信、セキュリティなどへ事業領域を広げています。
QBTSは、物流や生産計画などの最適化問題で企業利用を先行させながら、将来のより汎用的な量子コンピューティングにも技術領域を広げています。
RGTIも研究機関向けの量子コンピューター販売や大型システム案件、スーパーコンピューターとの接続実証などを進めています。
8月18日(火)のセミナー資料では、この3社をそれぞれ「プラットフォーム化」「商用化」「技術ロードマップ」という異なる視点で整理しています。もちろん、量子コンピューティングがすぐに現在のコンピューターを置き換えるわけではありません。
各社ともまだ成長途上で、業績や株価の不確実性も非常に大きい企業です。
ただ、「実用化までまだ時間がかかる」ことと、「実用化への距離が縮まっていない」ことは別です。
市場が「まだ遠い未来」と評価している間に、受注、顧客導入、技術が前進しているのであれば、株価が調整した局面では再び確認しておきたいテーマだと考えています。
ここまで、メモリー、電力、光通信(光電融合)、企業ソフトウエア、量子コンピューティング、など、AI普及によって生まれる二次的な需要について見てきました。
ただし、良いテーマだからといって、いつでも株を買えばよいわけではありません。むしろ現在のようにVIXが低く、株価も高値圏にある時には、「買いたい企業を決める」ことと同時に、「どの価格なら買いたいか」を決めておくことが重要です。
これはオプション投資でも同じです。
前回のコラムでは、株価が大きく下落し、ボラティリティが高まった局面で、ブル・プット・スプレッドを利用する考え方をご紹介しました。
ブル・プット・スプレッドとは、現在値より低い権利行使価格のプットを売り、さらに低い権利行使価格のプットを買う、という組み合わせです。
しかし、この戦略も常に行えばよいわけではありません。
ボラティリティが低い時には受け取れるオプション料も小さくなります。
むしろ、株価が下落する→ボラティリティが高まる→自分が買ってもよいと考える水準へ近づくという場面を待つことも、重要な投資判断です。
具体例を見てみましょう。
8月14日時点で、メモリー関連企業へ投資するETF「DRAM」の価格は57.32ドルでした。
このETFはマイクロン・テクノロジー、SKハイニックス、サムスン電子、キオクシアなど、メモリー関連企業を中心に組み入れています。
8月18日のセミナー資料では、8月14日引け時点のオプション価格を使って、次のようなブル・プット・スプレッドをシミュレーションしています。
43ドルのプットを売る 受取プレミアム0.49ドル
38ドルのプットを買う 支払プレミアム0.18ドル
差し引きの受取プレミアムは、1株当たり0.31ドル。
オプション1組は100株単位ですので、31ドルを受け取る計算です。
43ドルという権利行使価格は、当時のETF価格57.32ドルから約25%低い水準です。セミナー資料では、このケースの単純年率換算利回りを約68%としています。
この場合、最大利益は31ドル、最大損失は469ドル(手数料等を考慮しない場合)となります。
※本記載は、オプション取引の仕組みを説明するためのシミュレーションであり、特定の銘柄または取引を推奨するものではありません。
※同じ条件で運用を継続できることを示すものではありません。
ただし、ここで重要なのは68%という数字そのものではありません。
そして、これは短期間の受取プレミアムを機械的に1年間へ換算した数値であり、年間を通じて同じ収益率が得られることを意味するものではありません。
重要なのは、57ドルで今すぐETFを買うという選択肢だけではなく、「43ドル程度なら投資を検討したい」という価格観を持ちつつ、38ドルのプット買いによって、それを超える急落リスクを限定するという選択肢があることです。
仮にETF価格が一定水準以上で推移すれば、現物株を買わなくてもオプション料が収益になります。
一方、ETF価格が大幅に下落した場合には、下側の38ドルのプット買いが損失を限定する役割を果たします。
つまり、「株価が上昇すること」だけを収益源にしないという考え方です。
通常、分散投資というと、株式と債券を持つ、米国株と日本株を持つ、購入時期を分ける、といった方法が考えられます。もちろん、これらは重要です。
しかし私は、これからの資産形成では、もう一つの分散も重要になると考えています。
それが、「収益源、つまり“稼ぎ方”そのものを分散する」という考え方です。
株価が上がれば利益になる現物株。保有株を活用してプレミアムを得るカバードコール。
買いたい価格をあらかじめ決めてオプション料を受け取るプット売り。
そして、損失を限定しながらプレミアム収益を狙うブル・プット・スプレッド。
すべて同じ市場へ投資していても、利益が生まれる仕組みは異なります。
現在のように、良い決算でも株価が下がり、強いテーマでも高値では買いにくい相場では、「何が上がるか」を当て続けるだけではない投資方法を持っておくことは、投資家のストレスを減らす意味でも有効だと思います。
足元ではVIXが低下し、米国株市場は一見すると落ち着いています。
AI関連企業の決算からも、AIへの投資需要そのものが急速に失速している様子は見られません。
一方で、好決算でも売られる。強い需要があっても株価が下がる。良いテーマでも、高値では投資しにくい。という状況も続いています。
だからこそ、これから重要なのは、「次に何が上がるか」を当てることではなく、事業の進展と株価の評価の間にどの程度の差があるかを見ることだと考えています。
AIデータセンターからメモリーの最適化へ。AI普及から電力や光通信へ。さらにその先には、量子コンピューティングなどの次世代計算技術もあります。しかし、それらを高値で追いかける必要はありません。良い企業を選ぶ。買いたい価格を決める。その価格へ市場が近づくまで待つ。そして必要に応じて、現物株だけではなくオプションも組み合わせる。
未来を正確に当てる必要はありません。
事業が進む速度と、株価がそれを織り込む速度。その差を見る。
今後半年から1年の米国株投資では、この考え方がこれまで以上に重要になると考えています。
志村暢彦